コバタンの繁殖―絶滅危惧種保存への挑戦

Résumé : 国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources、以下、「IUCN」とする)が2008年に発行した「IUCNレッドリスト」(Wildlife in a changing world. An analysis of the 2008 IUCN Red List of Threatened Species、以下、「レッドリスト」とする) は、地球上で記述されている、家畜化された動物種を除く約162万種動植物種のうち、約4万5千種の約38パーセントが現在多かれ少なかれ絶滅の危機に瀕し、2000年以降2008年の調査までに804種が絶滅したと考えられると報告している 。絶滅したと考えられる種のうち、数が最も多かったのは腹足綱Gastropodaの257種であり、鳥綱avesの134種がそれに続く。「レッドリスト」の中では絶滅した種について、完全に絶滅したと考えられるもの(「絶滅(Extinct)」)と自然界で絶滅したと考えられるもの(「野生絶滅(Extinct in the Wild)」)が区別されているが、これらの数字は前者の数を表わすものであり、後者に含まれるものも含めると、腹足綱の数字は271種、鳥綱のそれは138種になる。「レッドリスト」はさらに、「野生絶滅」種に続く、絶滅の危惧が高い種を「絶滅危惧種(Threatened Categories)」として位置づけ、これらをごく近い将来に絶滅の危険性が極めて高い種(「絶滅危惧IA類(Critically Endangered)」)、「絶滅危惧IA類」ほどではないが、近い将来に絶滅の危険性が高い種(「絶滅危惧IB類(Endangered)」)、絶滅の危険が高まり、近い将来に「絶滅危惧I類」となることが確実な種(「絶滅危惧II類(Vulnerable)」)に分類している。同リストは、確認された両性綱Amphibiaの約30パーセントにあたる1,905種を、また鳥綱の約12パーセントにあたる1,222種を、これらの三つのカテゴリーを包括する「絶滅危惧種」の上位二綱に位置づけている 。 このように絶滅が強く危惧される種を多く含む鳥綱の中で、スズメ目Passeriformesに続いてリストの上位に位置づけられるもののひとつにオウム目Pcittaciformesがある 。「レッドリスト」によれば、2008年調査までにオウム目の19種がすでに完全に絶滅しており、現在、17種が「絶滅危惧IA類」として、34種が「絶滅危惧IB類」として、45種が「絶滅危惧II類」としてそれぞれ位置づけられている。特に「絶滅危惧IA類」には、例えばオオキボウシインコAmazona ochrocephala oratrix、ヒワコンゴウインコAra ambiguusのような、愛玩動物あるいは動物園の展示用動物としてこれまで日本に普通に輸入されてきた種が含まれていて、前者の場合も後者の場合も、生息地の森林伐採と違法な取り引きがこれらの種の絶滅が危惧されるようになった主な要因として挙げられている 。 これら2種と同じように「絶滅危惧IA類」に分類されている種の中のひとつに、特に日本では愛玩動物としてはこれらに比べて恐らくより一般的であるコバタンCacatua sulphureaがある 。IUCNは、この種をそのように、近い将来に絶滅の危険性が高い種として分類した理由として、「このオウムは極端に急激な個体数減少に見舞われた(そして見舞われ続けているかも知れない)が、それは愛玩動物としての取り引きを目的とした、容認できない捕獲がおこなわれている」 ことを指摘している。実際、例えば日本においてもコバタンはこれまでペットショップで普通に見かけることができ、愛玩動物としては比較的安価で購入することができていた 。IUCNはさらに、「[東チモールとインドネシアをはじめとする生息]地域における大規模な森林伐採と森林の農地への転用が数の減少を加速させ、また1989年あたりから始まった殺虫剤の使用もさらなる潜在的な脅威になっている」 と付け加えている。そのように個体の捕獲と生息環境の悪化の影響を受けた結果、コバタンは自然界では亜種も含めて総数で7,000個体以下しか存在しないと考えられるところまで減少した 。 この種が直面している急激な個体数の減少に歯止めをかけるために、例えば、2004年の第13回「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)締結国会議で、商業目的の国際取引を厳しく制限した同条約の「付属書I」にこの種を記載する決定がなされ、さらにそれと平行して、生息地のひとつであるインドネシアのスラウェシ島にあるRawa Aopa WatumohaiとCaraenteの国立公園などで個体の保護活動がおこなわれるようになった。しかしながら、このような、保護を目的とした国際規制あるいは生息地における保護活動が精力的におこなわれてきたにもかかわらず、コバタンは依然として減少傾向にあり 、この種の保存活動は順調な成果を上げてきているとは必ずしも言えないようである。 実際、絶滅が危惧される種を保存する活動は、明確に区別できる個別の目的を持ちながらも相互に密接に関係するいくつかの側面によって複雑に構成され、活動の実施から目覚しい成果を恒常的に引き出すことは必ずしも容易ではないと言えそうである。そのような保護活動を構成する側面の中の主なものとして、例えば次のものを列挙することができるであろう。 ① 種がこれまで生息してきた、あるいは現在少数ながらも生息している地域の気候、気温、湿度、日照時間などの自然環境の調査(「自然環境の調査」)。 ② 自然界の食物連鎖の中でその種が果たす役割によって特徴付けられる、種の生息域全体の生態系の調査(「生態系の調査」)。 ③ 自然界における種の繁殖生態の調査(「自然界における繁殖生態の調査」)。 ④ 特に自然界における絶滅が不可避の事実となった場合に、あるいは近い将来に絶滅が不可避となることが危惧される場合に、その種を保存するために最も有効な手段と考えられる、飼育下における自然繁殖あるいは人工繁殖の技術の確立と、そのような方法を使った次世代個体の安定した確保の実施(「飼育下における自然繁殖のノウハウあるいは人工繁殖技術の確立」)。 ⑤ 特に飼育下における保有状況が不明確な種の、飼育下における自然繁殖あるいは人工繁殖を早急に実現することを目的とした、個体保有状況の把握体制の構築(「個体保有状況の把握体制の構築」)。 ⑥ 飼育下における自然繁殖あるいは人工繁殖によって得られた個体間の近親交配を避けることを目的とした、遺伝子情報と血統の体系的な管理(「遺伝子情報・血統の体系的な管理」)。 ⑦ 自然界での絶滅が危惧される種が生息している地域の自然環境と生態系の復元(「自然環境と生態系の復元」)。 ⑧ 飼育下における自然繁殖あるいは人工繁殖によって得られた個体の自然界への再導入プログラムの確立と実施(「次世代個体の野生復帰」)。 これらの側面のうち、「自然環境の調査」は「生態系の調査」と密接な関係を持ち、相互補完的な関係にある。また、「自然界における繁殖生態の調査」はこれらを前提としておこなわれるべきものである。さらに、これら主としてその種の生息地でおこなわれる調査から得られた結果は、「飼育下における自然繁殖のノウハウあるいは人工繁殖技術の確立」に役立つと期待される。特に保有状況が不明確な種を飼育下で自然繁殖あるいは人工繁殖させるためには、まずは「個体保有状況の把握体制の構築」が必要となる。同時に、飼育下における自然繁殖あるいは人工繁殖によって得られた次世代個体を使って飼育下でその繁殖生態の詳細な調査をおこなうためには、それに加えて、飼育下で遺伝子的に健全な次世代個体をより多く得るためには、「遺伝子情報・血統の体系的な管理」が不可欠な要素となる。そのように適切な「遺伝子情報・血統の体系的な管理」がなされていれば、得られた次世代個体を将来「野生復帰」させる際に、同血統の個体のみを同一地域に放す危険を回避することができる。この「飼育下における自然繁殖のノウハウあるいは人工繁殖技術の確立」と「遺伝子情報・血統の体系的な管理」は、必ずしもその種の本来の生息地でおこなう必要はなく、生息地を離れた人工飼育施設でも可能である。さらに、そのような遺伝子的に健全な次世代個体の確保の作業と平行して、最初に挙げた「自然環境の調査」と「生態系の調査」の結果に基づいた「自然環境と生態系の復元」についての準備作業がおこなわれる必要があり、次世代個体の「野生復帰」は、この「自然環境と生態系の復元」の中に位置づけられて実施されるべきである。 森林伐採などの環境破壊によって生息地の本来の自然環境あるいは生態系が極端に破壊されてしまったコバタンのような種の保存活動は、自然界におけるその種の本来の生態を把握することがもはやできなくなっているという点において、大きな困難を伴うことが推測できる。現在コバタンが絶滅の危惧に瀕している原因のもうひとつは、この種が商業取引のために捕獲され、アメリカ、ドイツ、日本など、生息地以外の国々に愛玩動物として多数輸出されたこと であるが、そのことは逆説的に、飼育下の自然繁殖あるいは人工繁殖を将来おこなうことができる可能性を持つ個体を環境破壊から守ることになったと考えることもできるかも知れない。しかしながら、個体の捕獲・移動の目的が種の保存でなかったことは、現在、どの国の、どのような個人あるいはどのような施設によって、どの(基)亜種の個体が、オス・メスの別も含めてどのくらいの数だけ存在するのかを正確に把握することを非常に困難にしてしまっていることは否めない。さらには、そのように取り引き個体の追跡調査が難しい状況の中で、幸運にも次世代個体を確保できる可能性を持つ個体を複数入手し、それを使ってペアリングに成功して次世代個体を確保できたとしても、それが研究を目的としたものでなければ、得られた次世代個体を本来の生息地まで移動することは難しい。それに加えて、仮に次世代個体を、野生復帰の可能性を研究する研究用個体として確保することができたとしても、森林伐採によって本来の生息環境が破壊されてしまった地域に再導入することは、場合によっては、コバタン種がほとんど存在しない状態で「負の微分係数」を限りなくゼロに近づけ、あらたな食物連鎖が確立している平衡状態をようやく見出そうとしていたかも知れない自然環境を再度破壊することにも繋がりかねない。 先に挙げた、絶滅が危惧される種を保存する活動の側面の中で、「自然環境の調査」、「生態系の調査」、「自然界における繁殖生態の調査」、「個体保有状況の把握体制の構築」、「遺伝子情報・血統の体系的な管理」、「自然環境と生態系の復元」、「次世代個体の野生復帰」については、生息地に実際に赴く物理的・金銭的体制を整えること、あるいは適切な研究・調査環境を整えるための人的ネットワークを構築して研究・調査に必要な予算を獲得することが大きな困難を伴い、個人のレヴェルではそれらを実行することはほとんど不可能である。それに対して「飼育下における自然繁殖のノウハウあるいは人工繁殖技術の確立」については、理想的なペア個体が入手でき、それを収容する飼育施設さえ整えることができれば、ノウハウや技術を確立するところまで到達できないにしても、それらを確立するために必要な情報を収集する段階までは、その他の活動と同じような困難を伴わずに実現できる。 そのように考えて、2004年から個人でコバタンの個体を集め始め、繁殖のデータを蓄積し始めることにした。本書は、そのようにして収集したデータとそれについての考察を、飼育下における自然繁殖にかかわるペアリング・産卵・育雛の記録(第1章)、ペアに見られる繁殖生態の問題点とその解決方法についての考察(第2章)、繁殖のための巣箱についての考察(第3章)に分けてまとめたものである。これらの文章はそれぞれ以下のものがもとになっている。 第1章 石川文也(2007a):「コバタンの産卵・育雛について―種の保存のための記録 前編―」、『All Birds』no. 243, pp. 14-16. 石川文也(2007b):「コバタンの産卵・育雛の実際―種の保存のための記録 後編―」、『All Birds』no. 244, pp. 50-59. 第2章 石川文也(2007c):「コバタンに見られるオスのメスに対する攻撃の回避と次世代確保の可能性について(上)―種の保存のための記録―」、『All Birds』no. 249, pp. 46-54. 石川文也(2008a):「コバタンに見られるオスのメスに対する攻撃の回避と次世代確保の可能性について(下)―種の保存のための記録―」、『All Birds』no. 250, pp. 50-58. 第3章 石川文也(2008b):「白色オウムの繁殖に適した巣箱について―コバタンの事例―」、『All Birds』no. 254, pp. 16-20, pp. 45-52. これらの文章は、本書の中では、確認できた誤植に訂正が施されているほか、大幅な加筆・修正が加えられている。さらに、インターネットのホームページに掲載された情報の中で、本書作成時に更新が確認されたものについては、その情報を反映させた。 本書にまとめられた記録と考察は、かつて飼鳥文化に魅せられたひとりの非専門家の、いまや希少種となってしまったコバタンの絶滅に対する個人的な危機感が出発点となっている。幼少の頃、鳥類の飼育を通して、その生態の特異性、生命の尊さ、生命誕生の神秘など非常に多くのことを学ぶことができた非専門家が、いま鳥たちに恩返しとしてできることがあるとすれば、それは絶滅の危機に瀕しているこの種を保存していくことに、非常に限られてはいるが、しかしながらできる限りの個人の力を注ぐことであろう。生物学などの関連基礎分野の教育を受ける機会に恵まれなかった市井の素人が、自己流で繁殖生態の記録を取り、それについて主観的におこなった考察を通してできあがった本書は専門書と呼べるものでは決してないかも知れないが、本書がいつしか偶然にも鳥学の専門家あるいは繁殖学の専門家の目に留まり、厳しい批判を受けながらも、わずかばかりであるが役に立つ情報を含んでいるかも知れないと判断される僥倖に巡り会うことができれば、そしてその情報を、今度は専門家がイニシァティヴを取っておこなう、この種の今後の保護活動に役立てていただけるのであれば、それは筆者にとってこの上もない喜びである。
Type de document :
Ouvrage (y compris édition critique et traduction)
Shumpûsha, 2009, 9784861101953. 〈http://shumpu.com/〉
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https://hal-univ-paris3.archives-ouvertes.fr/hal-01485533
Contributeur : Fumiya Ishikawa <>
Soumis le : jeudi 9 mars 2017 - 00:02:44
Dernière modification le : samedi 14 octobre 2017 - 01:12:44

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Fumiya Ishikawa. コバタンの繁殖―絶滅危惧種保存への挑戦. Shumpûsha, 2009, 9784861101953. 〈http://shumpu.com/〉. 〈hal-01485533〉

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